「深川シルクの良さを伝えたい」
2023年12月発行 かわら版 深川福々 第75号
絹糸を吐く虫、蚕(かいこ)。かつて日本は世界一の生糸輸出国で、「お蚕さま」は身近な存在だった。そんな蚕や絹(シルク)に親しめる場所が江東区平野にある。温もりが感じられる空間には、蚕の標本や繭、絹製品や手作業の機械が並ぶ。
ただし普通の蚕とは違う。「ワイルドシルクミュージアム」を運営して8年になる坪川佳子さんにお話を伺った。
―ワイルドシルクとは何ですか。
絹糸を吐く昆虫は世界中に約10万種類いると言われています。そのうちの一つを人間が飼いならしたものが蚕で、家蚕(かさん)と呼ばれます。白く綺麗な糸が出るよう改良され、成虫は飛べなくなりました。それ以外の絹糸昆虫を野蚕(やさん)といい、野蚕が産み出す絹糸をワイルドシルクといいます。
―ミュージアムを開いたきっかけは?
十数年前、衣類の縫製の仕事をしていたとき、シルクの端切れで枕カバーを作ったのですが、すぐに髪がつやつやになったんです。それはワイルドシルクでした。調べたくなって、布から糸へ、糸から繭へ、繭から昆虫へと興味がエスカレート(笑)。そして日本野蚕学会のことを知り、糸の構造を調べたいと言ったら大学の先生たちが素人の私を歓迎してくれました。学会で勉強して、ワイルドシルクのことをみんなに知ってもらいたいと考えるようになり、街なかでミュージアムを開くことにしました。
―野蚕の飼育もされているのですね。
インドのアッサムに生息するエリサンという種と東京のシンジュサンとの交雑種、「深川蚕(フカガワサン)」です。以前から2つの種は交雑できると分かっていて、研究では2世代ぐらい育てたら終わるところ、私はしつこくて、飼育を始めて10年。58世代目になりました。学会にも報告済みで、その名で知られています。
深川のマンションの一室に作った蚕室で、毎サイクル千匹飼育しています。餌やりと掃除に一日8時間ほどかかるのでミュージアムの開館は週2日です。
―なぜ深川蚕を育てているのですか?
深川蚕から出来るシルクの良さを知ったからです。蚕から絹糸を得るには、ひとつは蛹(さなぎ)が入ったままの繭を煮て、繭から糸を引き出します。これが光沢のある生糸です。
深川蚕は繭の構造上、生糸が作れないので、もうひとつの方法で紡ぎ、糸にします。
中の蛹が成虫として出ていった後に繭を煮ます。すると繭が綿状になり、紡ぐとふっくらした糸になります。
糸は太めでゆらぎがあり、UVカット・抗菌・保湿など高い機能性を持っています。
毎日着るものにオススメです。
―手触りも色味も安らぎます。
10年育てて、繭は綺麗なオレンジ色になりました。ただ、煮ると色が抜けて白っぽくなります。オレンジの水溶液は美容に活用できないかと思案中です。
蚕を育てて出来るものは無駄にしないで利用したいので、蛹(さなぎ)食にも取り組んでいます。私も最初、抵抗がありましたが、枝豆のように美味しいんですよ。栄養価も抜群で。見た目に抵抗がないようペーストや粉末にしています。保健所から農作物として販売許可が下りました(笑)。小学校の出前授業で粉末入りのドーナツを試食してもらったら好評でした。
蚕のフンは天日干しするとお茶になります。中国では高級茶です。
―プーアル茶に似て美味しいです。
フン茶には餌が大事ですが、深川蚕の餌は(桑ではなく)トウネズミモチという常緑樹の葉です。漢方胃腸薬の成分でもあります。実は江東区にも生えていますが、現在は埼玉の造園業者の友人に送ってもらっています。もっと楽に調達できたらいいのですが。
―ユニークな商品もありますね。
足指リングはワイルドシルクの消臭効果を実感できますよ。商品はひとつひとつシルク仲間と開発してきました。
将来は深川で、蚕の飼育からシルクの生産、商品化までサイクルができたらいいなと思っています。みんなで育てて、地元の作家さんに制作してもらって。
―まさに深川産!夢が膨らみますね。
(文・東海明子)